日本近現代文學家小百科:尾崎紅葉
尾崎 紅葉(おざき こうよう)
(1868年1月10日~1903年10月30日)
代表作:『二人比丘尼色懺悔』(1889年)『伽羅枕』(1890年)『二人女房』(1892年)『多情多恨』(1896年)『金色夜叉』(1902年)
生平:尾崎紅葉出生於慶應3年的江戶(現東京),父親尾崎谷齋是宴會助興的藝人,據說紅葉十分嫌棄父親的職業,即使面對最親密的友人也隱瞞了其身份。1872年,母親過世後他被交由外祖父家撫養。1885年與山田美妙等友人結成硯友社,創立雜誌『我楽多文庫』。1889年,出版『二人比丘尼色懺悔』,廣受好評,一舉成為當時的人氣作家。1888年進入帝國大學,後在大學期間進入讀賣新聞報社,發表『伽羅枕』『三人妻』等多篇文章。1897年開始在讀賣新聞上連載『金色夜叉』。1903年10月因胃癌在家中過世。
作品節選:
金色夜叉
箕輪(
みのわ)の奧は十畳の客間と八畳の中の
間(
ま)とを打抜きて、広間の
十個処(
じつかしよ)に
真鍮(
しんちゆう)の
燭台(
しよくだい)を據ゑ、五十
目掛(
めかけ)の
蝋燭(
ろうそく)は沖の
漁火(
いさりび)の如く燃えたるに、
間毎(
まごと)の天井に
白銅鍍(
ニッケルめつき)の空気ラムプを
點(
とも)したれば、
四辺(
あたり)は真晝より
明(
あきらか)に、人顔も
眩(
まばゆ)きまでに
耀(
かがや)き
遍(
わた)れり。三十人に余んぬる若き
男女(
なんによ)は
二分(
ふたわかれ)に輪作りて、今を
盛(
さかり)と
歌留多遊(
かるたあそび)を
為(
す)るなりけり。蝋燭の
焔(
ほのほ)と炭火の熱と
多人數(
たにんず)の
熱蒸(
いきれ)と混じたる一種の
溫気(
うんき)は
殆(
ほとん)ど凝りて動かざる一間の內を、
莨(
たばこ)の
煙(
けふり)と
燈火(
ともしび)の油煙とは
更(
たがひ)に
縺(
もつ)れて渦巻きつつ立迷へり。込合へる人々の
面(
おもて)は皆赤うなりて、
白粉(
おしろい)の
薄剝(
うすは)げたるあり、髪の
解(
ほつ)れたるあり、
衣(
きぬ)の
亂次(
しどな)く
著頽(
きくづ)れたるあり。女は
粧(
よそほ)ひ飾りたれば、取亂したるが
特(
こと)に著るく見ゆるなり。男はシャツの
腋(
わき)の裂けたるも知らで
胴衣(
ちよつき)ばかりになれるあり、羽織を脫ぎて帯の解けたる尻を突出すもあり、十の指をば
四(
よつ)まで紙にて
結(
ゆ)ひたるもあり。さしも息苦き
溫気(
うんき)も、
咽(
むせ)ばさるる
煙(
けふり)の渦も、皆狂して知らざる如く、
寧(
むし)ろ喜びて
罵(
ののし)り
喚(
わめ)く聲、
笑頽(
わらひくづ)るる聲、
捩合(
ねぢあ)ひ、
踏破(
ふみしだ)く
犇(
ひしめ)き、一斉に揚ぐる
響動(
どよみ)など、絶間無き騒動の
中(
うち)に
狼藉(
ろうぜき)として
戱(
たはむ)れ遊ぶ
為體(
ていたらく)は
三綱五常(
さんこうごじよう)も
糸瓜(
へちま)の皮と地に
塗(
まび)れて、
唯(
ただ)これ
修羅道(
しゆらどう)を
打覆(
ぶつくりかへ)したるばかりなり。
作品風格及簡介:尾崎紅葉的作品用詞華麗香艷,擅長於與井原西鶴類似的風俗描寫,帶有江戶文學的風情。其作品多以女性為主角,對女性的性格、心理及特徵描寫極為細膩,但也因此在近幾年的文學研究中受到一定的非議和輕視。他門下有許多優秀的學生,包括泉鏡花、田山花袋等,因此在《文豪野犬》中,以其為原型與以泉鏡花為原型的兩名女性角色亦關係複雜。
在公眾號對話框內回復【課程】兩字
0至千元優質好課助你輕鬆學日語
本周熱門文章
● 小米歧視日專事件鬧上了日本雅虎頭條……
● 不想介紹給父母的日本男明星排行榜.
● 童年回憶的《魔卡少女櫻》又回來啦!
● 日本網紅煉成記:背後不堪的真實的自己
● 吉沢亮:下一個「漫改小王子」會是他嗎?
● 一代傳奇歌姬:安室奈美惠宣布引退!
● 《聲之形》為什麼在中日兩國都引發爭議?
● 石原里美在《校對女孩SP》中的造型厲害了
找到想看的、得到想學的
滬江教育科技(上海)股份有限公司
官網:jp.hjenglish.com
微信:hujiangjp
微博:@滬江日語
戳
閱讀原文
人們為何嚮往塔摩利的生活方式?
※藏在語言中的日本古代人的世界觀
※口語對話:失戀した
※30代的瑛士:一切重新來過也無妨
TAG:滬江日語 |